プロフィール

飯島祐輔

Author:飯島祐輔
スプートニクが星となって「地球防衛軍」が公開された年に生まれ、望月三起也氏に漫画を、高井研一郎氏に人生を学ぶ。
主な作品に『コミック 新旭日の艦隊』全22巻(原作・荒巻義雄)、『北海の堕天使』(原作・吉岡平)、「新海底軍艦」など。
大艦巨砲漫画家として名を馳せ、その徹底したメカへの傾倒と破壊描写、そしてとめどもなく溢れるストーリーとボケキャラ萌えの追求精神は他に類をみない。

その他の画像置き場

「電脳」轟拳な日々画廊
今までのあらすじは『艦隊な日々』をご覧ください。

アンケートフォーム

最近の記事

月別アーカイブ

カテゴリー

来訪者数

ブロとも申請フォーム

リンク

ブログ内検索

RSSフィード

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

「Green vs Red」を観る

090630.jpg
06月30日
昨日の高井プロの臨時アシスタントで3時間分のギャラが出たので(昨日は午後1時半に終わったので実労3時間)、帰りにレンタルDVDに寄った。
で、ルパン三世のOVA「Green vs Red」を借りたのだが…。

「またつまらぬものを観てしまった・・・」
と、五右衛門になってつぶやきたい気分になった。
名作も駄作も多いルパン三世の中でも、これはかなりな駄作の部類だろう。
一応アイデアとかテーマらしきものはあるのだが、それを観客に訴える力が弱い。
登場人物も類型で平板な人物ばかりでまったく精彩がなく、ルパン一人が浮くばかり。
銭形など、妙に思わせぶりな登場の仕方をするものだから、いつ変装を解いてルパンに戻るのかと楽しみにしていたら最後までそのまんまでやがんの。
とんだ肩透かしだ。
魅力の無い人物が爽快感の無い行動を取って吸引力の無いストーリーを引っ張り、カタストロフもカタルシスも無い終わりに向かう。
ルパン三世という際立って強いモチーフを使ってこの程度のものしか作れないとは。

作り手が過去のルパン作品に愛着があり、よく研究していることだけは伝わってきたが、その先にあるもの、ルパンを成立させたバックボーンまでは調べなかったようだ。
残念。
スポンサーサイト

早朝アシスタント

090629.jpg
06月29日
今朝はこの業界では極めて珍しい、「午前中指定」のアシスタントに行っていた。
こんな時間にこの日記の更新をやっているのもそういうわけだ。
行った先は高井研一郎先生の仕事場。
仕事の内容は、先日自分も手伝った「総務部総務課 山口六平太」の、モノクロページ。
一度入稿したものの、後になって画面的に辻褄が合わないところがあるのが分かってしまい、印刷前に修正することになったもの。
本来なら修正はそのページの作画を担当した者が行うことになっているのだが、今回は入稿までに時間が無いということで、一番近くに住んでいる者が呼ばれることになった。
つまり私だ。
当初はひとコマだけ直せばなんとかなるだろうと思われていたのだが、実際に作業を始めてみると、ひとコマを直すと今度は他のコマと辻褄が合わなくなる部分が出てきてしまい、結局、ほとんど1ページ丸まる直すことになってしまった。
おかげでアップ見込み時間も大幅にずれ込み、私にしては珍しくバイク便のお兄さんを15分も待たせることになってしまった。
お兄さん、ごめんね。
原作は文章で提供されるので、漫画内の人物の位置関係とかはいちいち確認しないと、ページごとにズレが生じやすい。
注意していても、どうしても起こるんだよな。

カザンに乗る

090628.jpg
06月28日
昨夜はマイミクのがくじるし先生の新しい車「カザン号」に乗せていただいたが、これがまたえらく貴重な経験であった。
なにしろ幌をたたみ、フルオープンの状態で夜の道をとばしたのだ。
気持ちいいことこの上ない。
オープンカーの楽しさとはこういうことか。
高温多湿の夏を迎える日本でこうなのだから、本来のドライブコースに想定されていたであろう地中海沿岸とかだったら、どれほど快適であろうか。
この辺は、ヨーロッパの人たちがうらやましい。

「地球が静止する日」を観る

090627.jpg
06月27日
んーーー。
なんていうのかな、こういう奴・・・。
「煮え切らない」系?

ロバート・ワイズのオリジナルを観たのはもう30年以上も前のことで、細部は忘れているが、それでももっとずっとシンプルでストレートな作劇だったように思う。
東西冷戦による核戦争、という非常に具体的な危機があった当時に比べると、今のこの時代に、むりやりこの作品をリメイクする意義がどこにあるのか、どうも疑わしい。
「核戦争による破滅の回避」というはっきりとしたテーマがあった前作に比べると、こっちの新作の方のテーマはすぐに結論が出るような問題でもなく、だから映画のストーリーも登場人物の心理も着地点が見えないまま右往左往するしかない。
ガキはうざったいし(ハリウッド映画の子供って、もう少し頭がいいもんじゃないのかよ)キアヌはどっちつかずだし、ジェニファー・コネリーが相変わらず美人なのが唯一の救いとは。
「トランスフォーマー」みたいに単純な戦闘破壊スペクタクル・ショーにしてしまった方が観客は喜んだんじゃないだろうか(少なくとも私はそっちの方がうれしい)。
前半のサスペンス描写や気密服が侵蝕される場面など優れた部分も多いだけに、肝心のテーマが曖昧なのが非常にもったいない。

「トロピック・サンダー 史上最低の作戦」を観る

090626.jpg
06月26日
日本映画が映画撮影の裏話物を作ると「蒲田行進曲」になり、ハリウッドが作ると「トロピック・サンダー」になる・・・のかな?
まあ内幕ものはたくさんあるから、一概にそうとも言えないだろうが。
映画の内幕ものというのは昔から多いのだが、それは、
①、映画ファンは映画制作の裏側を見るのが好きだ
②、撮影所の中でストーリーが進む場合が多いので見た目ほどには予算が掛からず、その分をキャストのギャラに回すことが出来るので、豪華大作に見せかけることが出来る

・・・といった理由があるのだが、この「トロピック・サンダー」の場合は、②の条件を完全に無視、オールロケで派手なアクションもあり、えらい予算のかかった映画になっている。
これでこのバカな話を作ったのか・・・。
ハリウッドって、本当にバカの集まりなんじゃないだろうか、てな気もするのだが、先の読めないストーリー展開といい豪華キャストの入魂の演技といい、バカな話ほど真剣に作った方が面白い、という典型のような一本でした。
あちこちに古い戦争映画へのオマージュとおぼしき場面があって笑えるが、最後、まさか「戦場にかける橋」まで出てくるとは思いませんでした。
デヴィッド・リーンにあやまれ!
・・・と言うべきなのだろうか?

アシスタント達と会う

090625.jpg
06月25日
昨夜は新宿でアシスタント達と会って、薄い肉を食べてどうでもいいことを語った。
ささやかながら「須佐之男死闘編」完結記念イベントというわけだ。
中には1年ぶりくらいに会う奴もいるが、みな元気そうだった。
なによりだ。
仕事が終わればそれっきり、という例も多いこの世界、たいした用も無いのに作家とアシスタントが集まって無駄話をしている我々は珍しい方ではないかと思う。

さて、コミック版「新旭日の艦隊 須佐之男死闘編」下巻、紀伊国屋書店にはすでに昨日並んでいたが、正式には本日発売だ。
前原一征と須佐之男号の最後の戦いを、ぜひお買い求めいただきたい。

画像は、山口六平太555回記念カラーページの一部。

5並び

090624.jpg
06月24日
一昨日と昨日は高井研一郎先生の仕事場で、客員アシスタントをやっていた。
仕事の内容は、小学館ビッグコミックの「総務部総務課 山口六平太」のカラーページ、4色4枚と2色4枚の計8枚。
これを4人が2日で仕上げる。
普通のモノクロページならば16枚が仕上がる人数だが、カラーは手間が掛かるのである。
ところで、夏休みでもボーナス時でもないこの梅雨の時期に大量のカラーページとは、なんでこんなに半端な時期に…?
と思っていたら、実は半端ではなかったのである。
原作の林律雄先生から送られてきた原稿にはこんな但し書きが。
「総務部総務課 山口六平太 連載第555回」。

・・・555回!

そう。連載が555回に達したのを記念しての、カラーページの大盤振る舞いだったのだ。
思えば六平太の連載が始まったのは、日航ジャンボ機が御巣鷹山に墜落した年(イヤな覚え方だが、夏になると必ずTVのニュースで「あれから〇〇年・・・」とやるので忘れないのである)。
あれから24年。
一度も休まず、ついに555回目。
小学館の、いや、全漫画のなかでも特に長い方に入る。
もはやここまで来ると、恐るべき偉業である。

ちなみに私が参加したのは、当初増刊で始まったシリーズ連載が好評で、連載が本誌に移行することになった翌86年の夏から。
あまりに快適で居心地の良い職場だったので、つい5年も長居してしまった。

カバー絵の仕掛け

090623.jpg
06月23日
実はご覧の通りだ。
上巻のカバーを逆さにして下巻のカバーと組み合わせると、上巻のクライマックス場面を描いた大きな一枚絵になるようになっているだ。
艦隊のカバーを描いて19年、安田忠幸先生の渾身の一枚だ。
こういう試みは艦隊シリーズでは初めて、むろん最初で最後の試みとなるだろう。
最初から上下2冊で構成されている物語の場合しか使えない手法だからだ。
発売は25日だが、早いところでは明日、書店の店頭に並ぶかもしれない。
ぜひ手にとってカバーイラストを眺めていただきたい。
部数は例によって少なめなので、リアル書店で入手しにくい方はネット書店等に注文をお願いします。

お通夜イテキタ

090622.jpg
06月22日
昨夜、中里融司先生のお通夜に行ってきた。
葬儀は今日の午後だが、今日は私は師匠の高井研一郎先生の仕事場に助っ人アシスタントとして呼ばれている。
そこで同じく今日仕事のある古い馴染みの編集者と二人で待ち合わせて、府中の高安寺まで行ってきたというわけだ。
見知った顔も見知らぬ顔もとにかく来場者が多く、中里先生の、活躍の幅の広さが伺えた。
これに比べると、私なんか吹けば飛ぶようだなー。
それにしても、これでもう中里先生に会えないかと思うと、やっぱりさびしいものだ。
居村先生といい中里先生といい、天は優秀な人からお召しになるのかな。

・・・あっ!
そうすると私は長生きか?

見本誌届く

090621.jpg
06月21日
中央公論から「須佐之男死闘編」下巻の見本誌が届いたので表紙の画像をうpする。
実はこのカバーイラストにはある「仕掛け」があるのだが、それについては明日書くことにする。
さて、この「須佐之男死闘編」、実質的には居村版「新紺碧の艦隊」の完結を目指すものであることは上巻で書いたとおりだが、敵側の登場人物については居村版からかなり変更を加えている。
特に、トルガー・V・シドーについては、その設定を聞きそびれていたために、結局人物像から設定をやり直すことになってしまった。
おそらく居村先生の頭の中にあったのは「サブマリン707」における速水艦長とウルフの関係性、あるいは「青の6号」における伊賀艦長とベルクの関係性であったと思われる。
私も当初はそれでいいと思っていた。
でもよく考えると、史実の第二次世界大戦をベースとする小沢さとる世界に対し、艦隊世界では日独の関係性が違っているのである。
そのため、前原の年齢やキャリアを考えると、速水とウルフのような関係は成り立ちにくい。
そこで、軍事に依存せずに二人を結びつける関係性として、「画家と美術愛好家」という関係を思いついたのである。
前原に絵描きという側面があったおかげで成立した離れ業だ。
後世日本軍は芸術家の集まりでもあるのである、でも漫画家がいるかどうかは知らない。

「ティンカー・ベル」を観る

090620.jpg
06月20日
ま、いつまでも私が落ち込んでいても、それで中里先生が浮かばれるとも思えないので、残された者は悲しみつつも、平凡な日常に戻ってゆくことにしよう。
で、ディズニー作品「ティンカー・ベル」だが。

現在のディズニーのターゲット客層は、世界中の上質で平凡なファミリー層だ。
その層にもっとも受け入れられそうなアイデア、キャラクター、ストーリーで作品を作ってくる。
だから日本と一部アジアの独身男性という、極めて限定された市場のためだけに、特別なキャラクターデザインで作品を作ってくるということはまずないだろう。
でも、やろうと思えば出来るだけの技術力はあるように思えた。

願わくば、日本のこの種のアニメが、ディズニーに先を越されるなんてことが、どうかありませんように。
…まあ、ゲームでは実現できているのだから、アニメでもすぐだと思うが。

中里先生のこと

090619.jpg
06月19日
悪い予感というのはたいてい良い予感よりも的中するものだが、それには理由がある。
良い予感には往々にして当事者の身勝手な希望的観測が含まれるのに対して、悪い予感の方は、何らかの根拠がある場合が多いからだ。

実は、「近く再入院する」との記述を最後に中里融司先生の日記が途絶えて、なかなか再開されないので、数日前からいやな胸騒ぎがしていた。
中里先生自身が書かれた病状が、かつて私が母を失った時の状況とよく似ていたからだ。
もしも同じ病気であるならば、再入院したら生還が困難であることは身に沁みて分かっていた。
だからこそ、一日も早い元気な退院を期待していたのだが…。
やはり予感は当たってしまったか。

悲しい。

「落下の王国」を観る

090618.jpg
06月18日
普段あまり観ないアート系の映画を観る週間、第2回。
この映画は、世界遺産級の建造物でロケをしていると聞いて、ちょっと観たくなったものだ。
実際ロケの効果は高く、これがもしセットを組み、あるいは背景をCGで合成したとしても、これだけの空間の広がり感は演出できないだろう。
物語の構造は、どうもどこかで似たような話を見たことがあるな、と考えたら、テリー・ギリアムの「バロン」だった。
語り手がどちらも「死」にとりつかれた人間であること(「バロン」の語り手は老人、「落下の王国」の語り手は事故で重症を負ったスタントマン)、聞き手が「死」とは縁遠い幼い少女であることなど、共通項は多い。
この「劇中劇語り聞かせ型」は他にも例が多く、物語のパターンとして確立していると思われる。
ただ内容の方は、豪華すぎてかえって散漫な印象が残る「バロン」よりも、ロケ地と衣装デザイン以外は無駄なものを削ぎ落とした「落下の王国」の方がよくまとまっている。
もっとも、テリー・ギリアム作品の魅力はあの「カオス感」にあるのだから、まとまりなんか求めてはいけないのだろうが。
主人公のその後の命運は具体的には語られないが、おそらくは少女の語りをそのまま信用していいのだろう。
一人のスタントマンの姿を確認するためだけに連続活劇やスラップスティック・コメディを観に行く少女、というのも、物語の素材としてかなり魅力的だな。

「僕らのミライへ逆回転」を観る

090617.jpg
06月17日
CGアニメ週間、ちょっとお休み。
といっても、私にしては珍しいタイプの映画だ。
爆発もカーチェイスも銃撃戦も派手な特撮も無い、地味な映画だ。
ダニー・グローバーはベトナム帰りの自殺志願者と組まされたロサンゼルス市警の刑事ではなく、ジャック・ブラックは巨大ゴリラで一儲け企む山師でもなく、モス・デフも逃走犯ではない。
皆、普通以下の、行き詰った人生を生きる平凡な人間達だ(ジャック・ブラックはあんまり平凡ではないが。ミア・ファローも)。
そんな彼らが逆境を乗り越えるために自分に出来ることを精一杯やる。
ただそれだけの映画だ。
大仕掛けも無い。トリックも無い。
しょうもないアイデアと、それを実現しようとする工夫があるだけ。
それで充分楽しい。
でもなにより凄いのは、このしょうもないアイデアが、この豪華キャストで一本の映画として完成してしまっている、という事実かもしれないな。
このアイデアで、いったいどうやって海千山千のハリウッドの資本家たちを説得したのだろう?
まあ制作費は、俳優のギャラ以外は、凄く安そうだけど。

「ホートン ふしぎな世界のダレダーレ」を観る

090616.jpg
06月16日
まだCGアニメ週間だ。
この映画、一見CGアニメに向いていそうでいて、実はそんなに向いた企画じゃなかったんじゃないだろうか。
だって、このテーマはかなり哲学的だし、抽象的だ。
ホートンと市長は、互いに最後まで相手の姿を見ることが出来ない。
状況証拠で互いの置かれている立場を推測し合うしかないのだ。
元は絵本だそうだが、絵本というのはこのテーマには適したメディアだと思う。
限られた情報から読者が自ら想像力を働かせて世界観を広げて行く。
そうやって読者が物語の一部となり、視覚で表現できない部分を補って物語を完成させてゆく。
そういうスタイルの読者参加が出来ることがこの物語の長所だったのではないかな。
全てをCGで見せてしまうと分かりやすくていいけれど、それでも相手を見られないもどかしさも倍加する。
キャラクターデザイン的に「類型」の印象が残るのも、この話ではマイナスのような気も。
いや、たいへん良くまとまった、いい話だけどね。

「ルイスと未来泥棒」を観る

090615.jpg
06月15日
というわけで、3DCGアニメ映画週間ということに。
まず驚いたのは、画面内の文字の表記(建物の看板や手帖の文章など)が日本語になっていたこと。
日本公開時からこうなのか、それともDVDがこうなっているのかは分からないが、分かりやすいことこの上ない。
デジタルで情報を入れ込むCG映画だから出来たことだろうが、ディズニー映画の姿勢というものが垣間見えて興味深い。
すでに独自のアニメ文化を確立している国にあえて文化侵略を挑もうというのなら、これくらいの努力は必要だろう。
いったい何ヶ国語のバージョンが作ってあるのだろうか。
内容の方は、時間SFとしては、未来の自分に会ってしまったり物事の結果を先に知ってしまったりとパラドックス要因がいくつもあって、若干破綻気味だ(まあ「バック・トゥ・ザ・フューチャー」や「ターミネーター」シリーズのレベルか)。
しかしその分因果律はきれいにまとまり、深く考えない娯楽映画としては充分な出来栄えか。
それにしても、駄目な少年時代を過ごし、そのまま駄目な大人になってしまった私のような人間からすると、この映画の主人公のような、豊かな才能と逆境に負けない強さを持った少年の物語なんて、うらやましくて涙が出そうだ。

「弾突」を観る

090614.jpg
06月14日
「弾突」と書いて「ダントツ」と読ませるのだそうな。
強引もいいとこだが、実際の内容はタイトルほどにはダントツではないオヤジの話。
とはいってもこれはスティーブン・セガールの映画だからそこはいつも通りのわけだが、それを言うと映画評が1行で終わってしまうので、もう少し書く。
この映画でのセガールはあらぬ罪で警察をクビになった元刑事という役どころだが、このおじさん、実は真犯人がすぐ身近にいるのに、黒幕に指摘されるまで全然気が付かない。
こんなに洞察力も推理力も乏しいのでは、犯罪捜査の仕事などクビになるのが当然という気がするのだが、どうだろうか。
結局最後はいつも通り、悪役を全員射殺して終わりだし、昔は凄腕の殺し屋だったという設定もこんなに勘が鈍いのでは説得力がない。
殺し屋というのはもっと自制心が強く、たとえ引退してももっと慎重に身の回りに気を配るものなのではないだろうか。

ま、そうはいってもついつい観てしまうのがセガールの映画なのだが、それにしても、ライバックを演じていた頃に比べると、この人の演じる主人公はだんだんバカになってきたような気がする。

「オープン・シーズン2」を観る

090613.jpg
06月13日
以前は私は、この種のハリウッド製3DCGアニメが、どうも苦手だった。
なぜだか非人間型ばかりの、どうみてもかっこ良くもかわいくもないキャラクターたちがプログラム特有の気持ち悪い動き方をする。
内容はどれもたわいない、というかどうでもいいような話ばかりで、やたらとやかましく、うっとおしくさえあった。
それが、むこうが進歩したのかこっちが慣れたのか、いつのころからか嫌悪感が無くなって普通に映画として観られるようになり、いまではいっそ楽しく感じるようになってしまった。
ハリウッドに洗脳されてしまったのだろうか。
いや、だからといって日本製アニメに対する感じ方が変わったわけではないので、やはりむこうが表現として熟成されてきたということなのだろう。
この「オープン・シーズン」シリーズも、平たく言うと「収まるべき者が収まるべき場所に収まる過程を描く」というだけのことに過ぎないのだが、あの手この手を盛り込んで観る者を退屈させない。
一本の映画の中で同じ種の動物を描いて、雌雄でデフォルメの段階が異なる、という離れ業までやってのけている(これなんか、最後まで気が付かない人もいるだろうな)。
もはやちょっとした名人芸かもしれないな。

「ゲットスマート」を観る

090612.jpg
06月12日
「それゆけスマート」って、こんな話だったけか?
どうも私は頭が悪いので、40年も前のTVシリーズなど良く覚えていない。
だいたいなんで今更60年代スパイアクションのパロディ風コメディなんか作ろうと思ったのかよく分からないし。
多分「オースティン・パワーズ」の成功があったからだろうけれど、あっちはナンセンス・ギャグがメインだしなあ。
映画が始まってしばらくの間は、主人公スマート氏のキャラクターがつかみにくくてちょっと当惑した。
それでも中盤から面白くなってくるのは映画の底力か。
漫画連載だったらこうはいくまい。
キャストも豪華だし、終わってみればけっこう楽しめる一本だった。
それにしても、アメリカ映画って、どうしてこう大統領暗殺が好きなんだろう。
それも、コンサート会場爆破による暗殺なんて、他の映画とネタかぶりすぎ。
このあたりに比べると、日本の首相は安全だなあ。

「隠し砦の三悪人」を観る

090611.jpg
06月11日
黒澤明のオリジナルを観たのは30年も前の話。
上手い具合にディティールをすっかり忘れているので、おかげで今回の新作の方も楽しく鑑賞できた。
下手に中途半端に覚えていると、どうしても比べてしまうものねえ。
現在の邦画で観客数を確保するための方便として若干不自然な点が無いでもないが、それでも邦画では珍しい「敵中突破もの」としての水準は維持出来ていると思う。
この話はなんといっても、元の設定がしっかりしているからなあ。
アレンジも効くというものか。

ワンフェスでびっくり

090610.jpg
06月10日
大阪の海洋堂から封書が来た。
開けてびっくり。
来る7月26日に開催されるワンダーフェスティバルで、ミラクルくのいちのガレージキットを販売するための版権許諾関連の書類だ。
だってあなた、「ミラクルくのいち」って、同人誌のキャラクターですよ。
確かに、元はコミック版「新旭日の艦隊」の登場人物だけど、本編では彼女は魔法少女に変身したりしない。
彼女が魔法少女となって大活躍するのは同人誌の中だけだ。
そしてその発行部数は、再販も含めてたった400部。
同人の中でもさらに小部数だ。
よくもまあこんなものを立体化しようという気になってくれたものだ。
ありがたいというかなんというか。
それとも、続きを描けというなにかの思し召しだろうか。

というわけで、7月26日は、いつもの有明ではなく、幕張メッセへ出かけましょう。

「カンフー・パンダ」を観る

090609.jpg
06月09日
どうやらハリウッドのこのタイプの3DCGアニメ映画は、表現として3DCGがどうか、という段階を終了し、次のレベルに進んだようだ。
例によって色彩は溢れ動きは速いが、先日の「スピードレーサー」と違って画面の中で起こっていることがはっきりと見て取れる。
カンフーアクションなどCGには適さないテーマと思われるが、動きにはメリハリがあり、観ていて楽しい。
もしかしたらアニメならではの誇張した表現を利用して、次の動きが観客に予想できるように作っているのではないだろうか。
動きそのものは相変わらず速すぎるのだが、「スピードレーサー」や「トランスフォーマー」ほどには目が疲れないのは、画面のどこを観ればいいのかが指示されているからだと思う。
情報を整理できるアニメのメリットだね。

「ゲゲゲの鬼太郎 千年呪い歌」を観る

090608.jpg
06月08日
緒方拳のぬらりひょんがいい。
他の妖怪はキャラ立てのためにさまざまな工夫がなされているのに、ぬらりひょんはほぼ特殊メイクのみ。
役者の演技力、というよりは存在感に頼りきっている。
それでも、登場するなりその場を威圧してしまう強烈な画面支配力。
これを見て、この人に演じてもらいたい役を思いついた。
エルンスト・スタブロ・ブローフェルド。
チャールズ・グレイよりも上手く演じられるだろう。
まあ、もう無理なわけだけど。
猫娘の衣装デザインが変更されていたのは、とっても悲しかった。
ロケは真冬だったろうから仕方ないか。

「D-WARS」を観る

090607.jpg
06月07日
アホか。
古典的なキリスト教の宗教観でも、あるいは近代の西洋合理主義的思想に照らし合わせても、龍だの大蛇だのが人間より上位に来る東洋的な世界観なんかがアメリカ人に受け入れられるはずもない、てなことくらい、ちょっと考えれば分かりそうなものだろうに。
どこの映画批評サイトでも駄作としか書かれていないこの映画、幸か不幸か私はこの監督の前作「怪獣大決戦ヤンガリー」を観ていたおかげで全くドラマに期待せずに観られたわけだが、予想通り、いっそ清清しいくらいの進歩の無さ。
特に終盤になると人間の登場人物は完全に脇に追いやられ、大蛇の思惑だけで物語が進んでゆく。
いいのか、それで?
物語の内部で因果が関連付けられていないから、どっちが勝とうが誰が死のうが、もうどうでもいい状態。
駄目じゃん。
そのかわりVFXは素晴らしい進歩。
いかにもプログラムで動いていたヤンガリーに比べると、この映画の巨大モンスターの動きはずっと自然で、リアルなミニチュア特撮ともあいまって、画面は「巨大モンスター映画」として成立している。
きっと物凄くお金が掛かったに違いない。
この大予算でこのしょうもないドラマを作るとはなあ…。
映画の歴史にまた一本、底抜け超大作が書き加えられた、というわけか。
…というわけで、「ゴジラ」が作られなくなったおかげで、どうも最近体内怪獣映画分が不足気味だ、という方にのみおすすめだ。

「ランボー 最後の戦場」を観る

090606.jpg
06月06日
あ。
昔フランスの海岸に、ジョン・ウェインやロバート・ミッチャムが上がった日だ。

…確か前にもこんなことを書いたような気がするが、深くは考えない。

「ランボー 最後の戦場」に描かれたミャンマーの状況に、どの程度リアリティがあるのかは私には判断出来ない。
もしあの通りだとすると、生産性が極度に低下して国家経済が成り立たないだろうから、おそらくなんらかの誇張はあるのだろう。
しかし、映画としてはこの方向性は正しい。
ミャンマーの軍側を徹底した悪として描いたことで、この映画は一切の雑居物を取り払って、シンプルな作劇を構成することが出来た。
その結果、実質ストーリー部分は80分強という、まるで低予算B級アクションのような短い映画となったが、中身が濃いので物足りないという印象は無い。
これでいいのだろう。観やすいし。
終わり方も、一作目から見続けてきたファンとしては安堵できる終わり方で、シリーズの締めくくりにふさわしいと思う。

もうひとつ、ちょっと考えたこと。
もしシルヴェスター・スタローンがアクションスターの道を進まず、監督専業だったら、どんな映画人生を生きただろうか。

…いや、この人は、やっぱり自分が主役じゃないと演出力を発揮できない人かもしれないな。

「スピードレーサー」を観る

090605.jpg
06月05日
CGは、カーアクションの表現には合わないと思う。
恐竜や、そのタイプの巨大モンスターの表現ならばCGが合っているだろう。
誰も実物を見たことがないのだから文句の付けようが無いし、だから中におじさんが入って動かすゴジラだって、その事で文句を言う人はいない。
でも自動車は、極めて日常的にありふれた素材だ。
見慣れている分、少しでもおかしなところがあれば不自然に感じるし、ましてや物理的に不可能な挙動などあろうものならば、ドラマへの感情移入を阻害する強いマイナス要因となる。

かつて「マッハGoGoGo!」で表現されたレースカーの動きは、実車での撮影が困難なものばかりで、だからいっそどんな動きでも可能な3DCGで、という発想は撮影手法としては正しい。
しかし出来上がった画面がこれでは、一部のレースゲームマニア以外、一般客の大半はついていけないだろう。
「マトリックス・リローデッド」で優れたカーアクションを表現してみせたのと同じ人たちが作ったとは思えない。
「マッハGoGoGo!」って、一見、実写に向いていそうで、実は凄く難しい素材だったんじゃないだろうか(本当は全部実写で観たいけれど、そうなると途方もない予算が必要だろうしなあ)。

「相棒~劇場版」を観る。

090604.jpg
06月04日
ようやく映画を観る時間が持てた。
しばらくは映画三昧といこう。
どうせこれより金の掛かる娯楽は予算が許さないし、だから借りてくるDVDもリリースから日数が経って旧作料金になったものばかりだ。
で、この昨年の話題作「劇場版相棒」だが。

この犯罪は変だろう。
動機はともかく、目的と手法が全然一致しない。
たまたまこの作品内では右京さんが気が付いたから成立したようなものの、もし捜査する側にチェスに詳しい人間が一人もいなかったり、間抜けばかりで関連性に誰一人気付かず、そのまま犯罪が最後まで成功してしまったら、数々のトリックもヒントも、何の意味もないではないか。
謎はもっと、だれでもおかしいと思う具体的な謎として提示しなくてはいけないのでは?

もうひとつ。
この犯人にこの役者は、卑怯だろう。
このキャスティングでは観客皆が犯人に同情してしまって、肝心の犯罪の印象が薄くなってしまう。
杉下右京とチェスで対決できるくらいの人間なら、もっと知性派の雰囲気が欲しい。
そうでないと前半のチェス対決がウソになってしまう。

ま、そうはいっても、見慣れたTVシリーズが大画面、大予算で観られたというのは、シリーズのファンとしてはちょっとうれしかったりして。

お休みの日

090603.jpg
06月03日
というわけで昨日は生産的なことは何一つせずに、一日中ぼーっとして過ごした。
正月以来だ。
なんだかバカになってゆくような気がするが、まあたまにはいいか。

完成しました

090602.jpg
06月02日
コミック版「新旭日の艦隊」外伝、「須佐之男死闘編」下巻、昨日夕方USBメモリに入れたデータを担当編集さんに渡して全作業が終了しました。
後半はなんか当初居村先生が構想していたものとはかなり違ったものになってしまいましたが、それなりに「新紺碧」のエンディングらしいものになったのではないかと思います。
刊行は今月25日の予定。
近所に大きな書店が無い方は、早めの予約、またはネット注文をご利用ください。

…とりあえず私は、ちょっと休みます。

デジタル仕上げ20日目

090601.jpg
06月01日
ついに残り2枚。
午後には上がる。
編集さんには夕方取りに来てもらおう。
足掛け13年付き合った艦隊シリーズもこれで終わりかと思うと感慨深いものがあるが、とりあえず今はミスが無いかどうか最終チェックだ。

| ホーム |


 BLOG TOP 


上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。