プロフィール

飯島祐輔

Author:飯島祐輔
スプートニクが星となって「地球防衛軍」が公開された年に生まれ、望月三起也氏に漫画を、高井研一郎氏に人生を学ぶ。
主な作品に『コミック 新旭日の艦隊』全22巻(原作・荒巻義雄)、『北海の堕天使』(原作・吉岡平)、「新海底軍艦」など。
大艦巨砲漫画家として名を馳せ、その徹底したメカへの傾倒と破壊描写、そしてとめどもなく溢れるストーリーとボケキャラ萌えの追求精神は他に類をみない。

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「電脳」轟拳な日々画廊
今までのあらすじは『艦隊な日々』をご覧ください。

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「ネバーサレンダー~肉弾凶器~」を観る

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1月31日
第4世代Fボディ(カマロのこと)のパトカーによるチェイスシーンがあるので見たかった映画。
「ネバーサレンダー~肉弾凶器~」(2006年、Fox)。
プログラムピクチュアの概念が無くなって久しく、誤解している方もいるかもしれないので一応書いておくと、映画の「A級」「B級」は主に予算規模に対する概念で、Aになれなかった作品をBと呼ぶのではない。
B級にはB級の存在理由があり、それをどこまでまっとう出来たかでB級の評価は決まる。全ての映画が「ハリー・ポッター」になれるわけではなく、またなる必要も無い。

主役はジョン・シナ君。プロレスラーだそうだ。
ロック様の成功例があったからできた企画だろう。シナ君はレスラーなので体格は良くアクションも出来るが演技はシロウトだ。その弱点をどうカバーできるかで映画の成否は決まるわけだが、その点、よく工夫されていた。
主人公は元海兵隊員という設定。
今は民間人でも、どんなに強く、武器の扱いに精通していても不自然ではない。第一判り易い。
美人の奥さんが悪漢にさらわれて人質にされた。
苦悩する演技など必要ない、ただ行動あるのみのシチュエーションだ。第一判り易い。
画面に登場するのは主人公と悪漢だけ。
多少主役の顔立ちに個性が不足していても問題ない。悪漢でなければ主人公なのだ。第一判り易い。
主人公は常に全力疾走だ。車で、ボートで、足で。体力が売りのプロレスラー、動いてナンボ。画面の中で走っている人物がいたら、それが主役なのだ。第一判り易い。
主役はプロレスラーだから苦悩する演技は出来なくとも蹴られて痛がる演技は上手い。だから格闘に迫力が増す。そして悪党の親玉はロバート・パトリック。
そう聞いて分からなくとも、「ターミネーター2」で鉄格子をすり抜けたおじさん、と言えばたいていの人は思い出すだろう。冷酷な悪役が板についていて、非常に判り易い。
上映時間は80分ちょっとだ。余計な事を考える前に終わってしまう。
多分、ストーリーを複雑にすると演技力が必要になってくるのでもたないと判断したのだろう。一瞬で駆け抜けて、後腐れなく終わる。この潔さも時には美点だ。
というわけで、「ネバーサレンダー~肉弾凶器~」は非常に望ましいB級アクションでした。

作業は、自分の身体は鉄格子をすり抜けたのに手に持っていた拳銃が引っかかってしまったT-1000のように進行中。
画像は「よくあるFF風ロープレ的な街並み」。
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「キャプテン・ウルフ」を観る

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01月30日
前述のロシア製カーアクション映画で、後から考えるとどうも主人公だったらしい人物を演じた俳優は、そのルックスからしてどうやらヴィン・ディーゼルを気取っていたっぽい(私にはジャン・クロード・ヴァンダム主演の作品の敵側の殺し屋(具体例「ハード・ターゲット」)にしか見えなかったのだが)。
そこでつい本家を観たくなって「キャプテン・ウルフ」(2005年、ディズニー)を借りてきた。
ディズニーが大人向けのブランド「タッチストーン」でなく、本来の「ディズニー」ブランドで出してきたということは、人畜無害、毒にも薬にもならないファミリー・コメディだということだ。
過剰なアクションや毒っ気は期待できないが、間違いなく予定調和する物語に決まっているから安心して観ていられる。
ちゃんと主人公は誰だか判るし、キャストも役に合った俳優が当てられていて実に分かりやすい。なによりストーリーがよどみなく進んでいく。
たまに駄目なものを観ると、普段何気なく観ているもののありがたさがわかるなー。
だからといってとりたてて語るほどの内容でもないが、ちょっと感心する部分もあった。
主人公が警護することになる一家の長男がナチス党のマークの入った腕章を持っている。
周りは心配するが、実はそれはミュージカル「サウンド・オブ・ミュージック」の衣装だった、ということが判明するシーン。
映画好きの家族が一家でこれを観に行ったとする。
子供達には何のことか分からなくとも、親には「もうすぐ17歳」の一節を聞いただけで一瞬で状況が把握できるようになっているのだ。
この演出に、ちょっと喜んでしまった。

作業は国境を目指すトラップ一家の旅のように「全ての山を越え」ながら進行中。ああッ、ナチの手先に追いつかれそうだッ!

画像はうっかり間違って描いてしまった下絵の一部。
本番では修正されてしまうので、ここに載せておく。

ロシアのカーアクション映画

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01月28日
稲田堤のGEOがレンタル料の割引サービスの日だったので、通常料金だったら怖くて借りられない、怪しい映画を借りてみることにした。
ロシア製のカーアクション映画だ。
ソヴィエト政権下だったらまず考えられない。いったいどんなものだ?

で、結局分かったのは、普段自分が見ているハリウッドの映画は、なんのかんのと文句を付けてはいても、一応ちゃんとしていたんだなあ、ということだ。
ハリウッドの映画では、主人公が誰だか判らない、ということはない。
無名の新人が主演でも、ちゃんとそれらしい顔立ちの俳優を起用するし、劇中で主人公らしい行動をさせる。
ハリウッドの映画は、たいていの場合ちゃんと伏線がある。唐突に事態が発生し、後付け設定で状況が語られる、ということもない。
重要な情報はちゃんと映像で提示され、セリフで片付けられてしまうということも、あることはあるが、少ない。
やっぱり、ちゃんとしているって大事な事だ。

テンプル騎士団の財宝を示すペンダントを、どうして自動車の賭けレースの賞品にするのか。
なんで考古学者があんなに運転が上手いのか。
ただのカマロになんでミサイルが付いているのか。あのミサイルは、いったいどんな時に使うつもりだったのか。
初めて観るロシア製のカーアクション映画は、不思議な事だらけだった。
ただ、肝心のカーアクションは意外にちゃんとしていて、将来性を感じさせるものだった。
どうやら映画の世界では、カーアクションは世界の共通言語らしい。

作業は、ディスカバリー号の遭難現場を目指すレオノフ号のようにくるくる回りながら進行中。

「逃走迷路」を観る

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01月27日
古典を観る週間ということで、先日の「39夜」の発展形といわれるヒッチ先生の「逃走迷路」(1942年)を観る事にした。
残念ながらヒッチ先生の作品にしてはまとまりが今ひとつだが、非常に興味深い点を発見した。
1942年の製作という事からお分かりと思うが、この時期の映画は世界中どこの国の作品もほとんど何らかの形で戦時色が反映されている。早く言えば戦意高揚だ。
それはヒッチ先生の作品といえども例外ではなく、事件は戦闘機の生産工場での破壊工作から始まり、愛国者の青年が犯人を捜すという構成になっている。
だが、そこはヒッチ先生、通り一遍の映画は作らない。
ここで面白いのは事件の黒幕が全体主義者でも共産主義者でもなく、「艦隊シリーズ」に登場する「海の目」のような国家寄生体となっている点だ。
彼らは、民主主義国家と全体主義国家を天秤に掛けて述べる。
「全体主義国家のほうが効率が良いから、彼らの味方をするのだ」と。
イデオロギーは無関係で、集金力の問題なのだ。

真珠湾奇襲の直後にこのような観点を持った映画を作れるとは。
作ったヒッチ先生が凄いのか、作らせたスタジオが凄いのか、それとも平気でこれを公開するアメリカが凄いのか(当時の日本ならば無理でしょ)。

というわけで作業はぼんやりと進行中。
画像は戦艦越後の後姿。

LANボードが

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01月26日
うおおおぅッ!! 
なんでだッ! LANボードが、どうしても認識されねえぜッ!

…いや、俺のマシンじゃないからいいけどよぉ。

高井先生のところのPCがこのところ絶不調だ。
原因は分かっている。ウイルスだ。
スタッフで、一晩中海外の無修正のエロサイトを見ている奴がいるのだ。
まあ、とやかくは言うまい。人は無修正の誘惑に弱いものだ。それよりも問題となるのは、いままでウイルス対策を怠ってきた事の方だろう。
だがそんなことを言っても始まらない。
そこで仕方なくHDDを交換し、OSをクリーンインストールした。
動作は見違えるように快適になって、これで復旧したかと思ったら…

なんてこった、ネット接続の機能だけが元に戻らない。

高井プロではネット接続の機能だけしか使わないのに、その機能だけが直らないのだ。他の動作はびゅんびゅん動いている。なんという皮肉。
ウイルスに感染したまま1年以上放置しておいたから、すでにHDDの交換だけではすまないほどに侵蝕が進んでいたのか?

とりあえずお手上げということで、昨日はそれで1日終わってしまったので、作業の進行は無い。
まあ、ちょうどいい気分転換には、なった。

画像は以前にコンバットコミックに載せた絵。

「ゲゲゲの鬼太郎」を観る

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01月25日
実写版「ゲゲゲの鬼太郎」(2007年、松竹)を観た。
日本映画の中では、このジャンルは比較的安心して見られるジャンルだ。
本作も、昨今の日本映画の状況(なにがなんでも「泣き」の要素を作品中に入れ込まなくてはならない)という制約の中では、多少練り込み不足のきらいはあるものの、よくがんばっていた方だろう。
特にウエンツ君の鬼太郎と田中麗奈の猫娘のヴィジュアルは素晴らしく、ぜひこのキャストで続編を作ってもらいたいと思ってしまった。できればベタなラブコメで。
ただ、多少気になったところがないでもない。
気になったのは、妖怪を「人間の森林開発によって住処を追われた存在」としている点だ。
これは短絡的過ぎる。
妖怪は熊やカブトムシのような野生動物ではなく、本来人間社会と密接に関わりを持って生きる存在のはずだ。
塗り壁は、壁が存在するから塗り壁だろう。文明に依存する存在だ。
一反木綿は木綿の存在無しには考えられない。唐傘お化けにいたっては明らかに人が作り出した物に模している。
重要なのは人が超自然の存在に対して払う敬意よりも経済活動を優先させるようになったという点にこそあるはずで、自然破壊はその結果に過ぎない。

おそらく妖怪たちはその姿を変え、今も我々の周囲に潜んでいるのだろう。
塗り壁は塗り断熱外壁に、輪入道はオールシーズンラジアル入道に、唐傘お化けはワンタッチ折りたたみお化けになっているに違いない。
妖怪も多機能が求められるから大変だなー。

画像は「千両役者の出」。
下絵がようやく主役の登場シーンまで漕ぎ着けた。

エンゼル隊VSエンジェル隊

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01月23日
雪だ。
雪だ雪だ雪だ。
雪が降っている。

でもこれではそのまんま書いただけだな。日記にもなんにもなってない。
そこでちょっとネタを。
「エンゼル隊VSエンジェル隊」というのを考えた。いや、ただ単に思いついただけだが。
どちらも最新鋭の高性能戦闘機を駆る女の子の部隊だ。戦ったらどちらが強いだろう?

むろんハードウェアの性能では比較にならない。
大気圏内の飛行能力しかないエンゼル機にくらべ、エンジェル隊の紋章機は楽に惑星間の航行すらもこなすハイパーテクノロジーマシンだ。
でも戦ったら、なぜだか互角の勝負になるような気がするのは私だけだろうか。
バックアップ体制の違いもある。スカーレット大尉はウォルコット中佐の200倍くらい頼もしい。なんせ死なないし。

作業はミステロンとスペクトラムの攻防のように一進一退している。
寒いので活動がゆっくりだ。

「ジョジョの奇妙な冒険」

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01月22日
書棚の空間を有効活用するため、手持ちの漫画単行本のデータ化作業を行っている。
要するに本をばらしてスキャンするわけだ。
面倒な作業のようだがサイズのフォーマットが決まっているので、一度セッティングしてしまえば1~2冊程度ならすぐ終わる。仕事以外の空き時間で行うので仕事にもさほど支障は出ない。
困るのは、「ジョジョの奇妙な冒険」みたいなタイプに取り掛かったときだ。
やってもやっても終わらない。
つい途中で読み始めてしまう。
それが止まらなくなってしまう。
気が付いたら夕方だ。

「こち亀」や「ゴルゴ」を集めなかった事を神に感謝している。

作業は、ディオを倒すため中東に向かうジョジョ一行のように、スタンドを駆使しながら進行中。
「えいッ! いきなり黄金伝説を録画するスタンド!」
…それはただのリコモンでは?

友に会う

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01月21日
ゲームの世界に進んだ知人が、9ヶ月ぶりに尋ねてきたので、一時仕事の手を休めて話し込んだ。
ゲームの世界は一人当たりの作業量が多いのでそれはそれで大変らしいが、それでも元気そうなので安心した。
ま、なんのかんのでみんな生きてるね。当然か。

作業は、あるかないか分からない楽園を目指して進む狼達の旅のようにうっとおしく進行中。今回のビックリドッキリメカを画面に登場させたら急にペースが落ちてしまった。今回のゲストメカは単体では行動せず、常に複数の大艦機を伴って移動するという設定なので作画が非常に面倒くさいのだ。
こんなもの設定するんじゃなかった、とか言いながら、それでも見栄えのするメカなのでつい描いてしまうのは漫画家の宿命か。

「さくや妖怪伝」(2000、日本)を観る

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01月19日
気晴らしに永山のブックオフに行ったら、これの中古DVDがツタヤのレンタル料よりも安い値段で棚に並んでいたので、つい不憫になって買ってきてしまった。
まあ、これが近年では貴重なアナログ特撮作品だということを知っていたから買ったわけだが。
特技監督は樋口真嗣氏なので安心して観ていられる。買った値段を考えれば充分楽しめた。
でも。

なんだろう、この「なにか足りない感」は。
この作品に限らず、近年の日本映画はほとんど全て、この「なにか足りない感」をかもし出していて、その大半は予算なわけだが、この「さくや妖怪伝」に関しては、ストーリーが足りていないように感じる。敵側の内面描写が足りないためストーリーがそのまんま過ぎて、ひねりが無いのだ。
敵がなんにも考えない恐竜型やゾンビ型ならともかく、敵に感情と思考能力を与えたのなら行動動機も与えなくてはならない。
「妖怪」=「悪」という単純な図式に当てはめて納得するほど今日びの観客は甘くない。
少年の内面描写が出来たのなら、土蜘蛛の内面描写もきちんとやりましょう。

作業はビルに復讐すべく日本刀を振るうブライドの旅のように進行中。
埋められたりなんかしたりして。

「アフリカの女王」を観る

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01月18日
「古典を観る週間」なのでコテコテの古典だ。
1951年製作。主演がハンフリー・ボガート。共演がキャサリン・ヘップバーン。監督がジョン・ヒューストン。
どこをとっても古い。古過ぎる。ハンフリー・ボガートなんか19世紀の生まれだ。
さすがに先日の「情婦」などのようなドラマと違って冒険もののジャンルは撮影技術の進歩によって日々映像の迫力が増してゆくので、古い作品はどうしても不利だ。
この作品も現代の水準なら活劇としては見られないが、ロードムービーとしてなら面白い話だ。
なにしろアフリカの奥地の河を船で下る話なので、途中誰にも出会わない。主役二人の芝居だけで話を進めていくので、存在感があり、かつ芸達者な役者でなければ間が持たない。
狭い船上での男女二人だけの話にしては二人の関係が奇麗事に過ぎるような印象もあるが、多分これはジョン・ヒューストンがわざとそう撮ったのだろう。
ジョン・ヒューストンはあの「白鯨」を撮りたがるような根性のある映画人だ。スタジオ側の要望に負けて軽いラブコメに仕立てたとも思えない。この話にはこの描写が合うという判断か。
このストイックさのゆえに映画の寿命が延びたのは事実だろう。

全然関係ないが、主役二人が乗る小さな船「アフリカの女王号」は蒸気レシプロ機関だった。
外燃機関だから燃料の種類を問わない。燃えるものなら何でも良いので便利だ。
今、こんな船はないだろうなあ。

作業は、なんか指輪を捨てにいく旅みたいに難儀しながら進行中。
あっちこっち寄り道ばかりであんまり進まない。

「情婦」を観る

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01月17日
貧乏なのでレンタルビデオ店にいくと、つい一泊380円の新作よりも7泊280円の旧作を借りてきてしまう。
私の映画評に古い映画が多いのはこういうわけだが、先日の「39夜」が面白かった事もあって、思い切って今週は「古典を観る週間」ということにした。
というわけで「情婦」(1957年)だ。
マニアとしては今までこれを観ていなかったという事のほうが問題かもしれないが、私の趣味としてはカーチェイスも銃撃戦も爆発も特撮もない作品はどうしても後回しになってしまうのである。申し訳ない。
「情婦」と聞くと色っぽい内容と思われるかもしれないが、原作は「検察側の証人」、アガサ・クリスティが書いた戯曲で、法廷サスペンスだ。
クリスティがそう書いたのかビリー・ワイルダーが脚色したのか、人物造形がしっかりしていて観る者の興味をぐいぐい引っ張ってゆく。
ミステリとしてはマレーネ・ディートリッヒの存在感が強すぎて、何か裏があるな、と勘繰られてしまうのが弱点だが、映画としてはそこが強みだ。伝説の大女優は、画面に映るだけで観客の視線をさらってしまう。
古典の名にふさわしい名作か。

作業はカーツ大佐の王国を目指すウィラード大尉のボートのようにジャングルの中を迷走しながら進行中。

「39夜」を観る

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01月16日
寝る前に中途半端に時間が空いたので、なるべく短い映画を観る事にした。
「39夜」は実質ランタイムが80分強しかない。寝る前に見るにはもってこいだ。
手持ちのヒッチ先生の作品の中で一番古い(1935年)作品だが密度は高い。いわば後の「知りすぎていた男」や「北北西に進路を取れ」に代表される、ヒッチ先生お得意の巻き込まれ型サスペンスの原形か。
ここで興味深いのは、観客を引っ張る原動力となっているのが恐怖の演出ではなく、危機を突破する主人公の機知と行動力にあるという点。
そしてもう一つ、たとえサスペンスを中断してでもベタなラブコメを挟み込むというヒッチ先生の確信犯ぶりだ。
さすがはヒッチ先生、既にこの時点で観客が見たがるものは何か、ということを熟知していらっしゃる。見習いたいものだ。

作業は、アルゴ探検隊の旅のように、青銅の巨人にいじわるされたりしながら進行中。
画像は「機神兵団」のムックに載せた「富嶽」の発動機。だったと思う。

「トゥルーマン・ショー」を観る

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01月15日
ちょっと気になることがあって、仮想現実、またはそれに近いテーマを扱ったものをチェックしている。
先日の「13F」などはその最たるものだが、この「トゥルーマン・ショー」も大仰さでは負けていない。
でも観ていると分かるが、どうやらこの「トゥルーマン・ショー」のポイントは擬似イベントの部分ではなく、トゥールーマンがシーヘブンからの脱出に成功する姿を見て、快哉を叫ぶ視聴者の心理にあるようだ。
なるほど。
これは創作上興味深いヒントになるかもしれない。
たとえば、もし「プリズナーNo6」に観客がいたら、観客はNo6の行動をどう思うだろうか?
物語の構造が複雑になりすぎて追いきれなくなるおそれはあるが、うまく表現できたら面白そうだ。

作業は「クレオパトラ」の製作過程のように駄々をこねつつ進行中。
画像は「今回のコスプレ」。

「銀河ヒッチハイクガイド」を観る

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01月13日
この前の「スキャナー・ダークリー」が陰気な映画だったので、次は明るく楽しい奴を観たい、と思って「銀河ヒッチハイク・ガイド」を借りてきた。
これが実に予想を上回る拾い物、主人公がソファになっているシーンで大笑いしてしまった。

だいたい映画では、スターウォーズみたいに御伽噺を成立させるためのお膳立てと開き直るなら話は別だが、普通はSFの面白さと普遍的な映画の面白さを両立させるのは難しいものだ。
判りにくければ、駄目な例として挙げて関係者には申し訳ないが、「○よ○ら○ュ○ター」を思い起こしてもらいたい。両方を狙うと、往々にして両方とも失敗に終わるものだ。
ところがこの「銀河ヒッチハイク・ガイド」では、あれを上回るハードSFなネタがてんこ盛りに登場するのに、ぼーっと観ていても面白い。
低次元の住人にはその姿の一部しか見ることが出来ない高次元生命体、なんて概念、「天地無用」シリーズのファンでもなければ一発で理解するのは難しいだろうに。
これはたいしたものだ。

要するにネタが面白いのではなく、そのネタをどう料理すれば普遍的に面白い描写が出来るか、という工夫がなされている、ということなのだ。
というわけで、「禁断の惑星」「2001年宇宙の旅」「ブレードランナー」(年代順)に次ぐ、SF映画の名作に認定だ。

画像は「機神兵団」のムックに載せた「雷神」の足。一番最初にやった仮想戦記関連の仕事だったと思う。
戦前の技術水準で雷神の重量を支えうるスプリングとして板ばねを想定したら、妙にウケた。
作業は、ディスカバリー号の木星への旅みたいに進行中。まだHAL9000の反乱はない。

「スキャナー・ダークリー」を観る

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01月11日
昨日書いた「戦う幌馬車」が作られたのが1967年。
「スキャナー・ダークリー」の製作年は2006年。その差、約40年。
40年を経て作られたハリウッド映画には、麻薬に汚染された暗い未来が描かれていた。

他に明るくて楽しい娯楽映画はたくさんあるのに、どうしてこんな地味で陰気で難解なものを借りてきてしまうのか。どうやら私にはマニア気質が身に付いてしまっているらしい。
ま、退屈はしなかったからいいけど、あんまり人には薦められないかも。
ただ、メイキング映像は面白かった。
この映画は俳優が演じた実写映像を元に平面アニメに起こしているのだが、その際に、どうやって人物の輪郭抽出を行っているのか気になっていた。当然、最新のCGソフトを使って人物だけを抽出しているものと思っていたのだ。
ところが、メイキング映像を見ると、なんと手作業だった。
データ化した画像の上に、アニメーターさんがペンタブレットで輪郭線を描いていたのだ。
えーーーっ!? なんて面倒くさい事を!

…そういえば昔、「トロン」でもこんな事があったな。
「トロン」は3DCGを取り入れた史上初の実写映画ということになっていたが、実際は当時の機材ではレンダリングが間に合わず、一部にディズニーのアニメーターさんがハンドトレスしてセルアニメで仕上げているシーンがあるのだ。

…いや確かに、この映画の世界観を表現するにはこの技法は合ってはいるんだけど。
せっかくこれだけの労力をつかうなら、もうちょっと楽しいものを作って欲しかったなあ。
まあ借りてきてしまった私が悪いのだけれど。

画像は「昔やった微妙な版権ものシリーズ」その5、「ガングリフォン」のコクピット。

「戦う幌馬車」を観る

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01月10日
ふと古い映画が観たくなったので、「戦う幌馬車」を観た。
どれくらい古いかというと、まず主演がジョン・ウェインだ。そんでもって共演がカーク・ダグラスだ。
カーク・ダグラスなんて今でもちょくちょく見るじゃん、とか思ったが、よく考えたらそれは倅の方だ。
でもこれで驚いてはいけない。この映画で一番古さを感じさせるポイントは、音楽がディミトリ・ティオムキンだというところだ。

で、見始めて気が付いた。
この映画は、キャラクターの描写が少ない。
主人公であるジョン・ウェインの役でもわずかに状況が語られるだけで、カーク・ダグラス以下、脇のキャラクターに至ってはほとんど何も語られない。
なんて不親切で判りにくい映画だ、と思っていたが、ストーリーが進むにつれて理由が判ってきた。
これは、映画の製作者側と観客との間にある種の約束事「暗黙の了解」が成立している事を前提に書かれた脚本なのだ、と。
つまり具体的にいえば、たとえカーク・ダグラスの役が金を詰まれてジョン・ウェインの殺しを頼まれる役柄でも、少なくとも劇中においてはジョン・ウェインが後ろから撃たれる事態など絶対に起こらない、という共通認識だ。
そこに気が付けば、あとは全部のキャラクターが西部劇の法則にしたがって演じられている事がわかる。
驚くことはない。スターシステムとはこういうことだ。
キャラクターの掘り下げ無しに映画が始まってすぐにストーリーに入れる。
無駄を省く上手い手法だ。
懐古趣味、というよりは温故知新、というニュアンスで古さを堪能できる映画だった。
でもこれ、本当に「俺たちに明日はない」と同じ年に作られた映画なのだろうか。
これのわずか2年後に「ワイルドバンチ」が作られた、という事実が、にわかには信じがたい。

画像は「昔やった微妙な版権ものシリーズ」。
PS版魔法少女プリティサミーの説明書のカット。
以前白黒のコピーを載せた事があるが、押入れの中から本体が発見されたので改めてカラーで載せてみる。

昔やった微妙な版権ものシリーズ、その3

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01月09日
今日の奴は「微妙」ではなく、全面的にかかわった。
いわゆる「フィルムコミック」という奴だ。
私はこれの「コマ割り」を行った。
アニメと漫画は異なるメディアだ。
アニメは常に同じ大きさのフレームで、中の絵が時間の経過とともに切り替わって行く。
一方漫画はコマの形、大きさは自在で、読むスピードは人それぞれだ。
でも、断片の映像を集積してシーンとなし、シーンを繋いで物語を語る、という基本は同じだ。
これは、非常に貴重な経験だった。
なにしろ、映画まるまる一本分の全カットとその繋ぎを、コマ送りで検証したのだ。
絵コンテを描いた人の演出意図と演出技法が、手に取るようにわかった。
実に素晴らしい。
えらいぞエイゼンシュテイン、凄いぞ階段を落ちる乳母車。

この仕事を終えた3日後、Victerの名機HR-S5000は静かに止まり、もう二度と動く事はなかった。。
ビデオデッキにとってはそれほど過酷な仕事だったのだ。

結局VTRは買い替えとなったが、充分元は取れた。
「キネマ旬報社」の仕事という点も、ちょっとうれしかったし。

昔やった微妙な版権ものシリーズ、その2

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01月08日
というわけで、第2弾は「ヴィルガスト」のアンソロジーだ。いつの間にシリーズになったんだ?
昨日の「あげだま」の直後に、同じ編集さんから依頼された。
ただこのシリーズはこの時点ですでに2冊目であり、作家さんのラインナップはほぼ決まっていた。
だから新参の私としてはとにかく他の人とネタがかぶらないように注意しなくてはならなかった。
で、考えた末に、他の作家さんが一番やらなさそうなテーマということで、モンスターによる市街地の破壊スペクタクル、という事にした。
案の定誰ともかぶらなかったが、本来キャラクターで売るこのシリーズでそのテーマはほとんど意味はなく、単なる自己満足か、と思っていたら、かなり後になって別の編集さんから、
「背景がちゃんと入った漫画が1本でも載っていると本のグレードが上がったように見えるから、編集者としてはありがたいものだ」と言われた。
なるほど。あながち無駄でもなかったようだ。
これが売れたら次もある、と編集さんにいわれて実は次の巻のテーマも考えてあったのだが、残念ながら実現しなかった。
機会あればどこかで描きたいものだ。

あげだま

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01月07日
ようやくソフト化がかなって、ふたたび「あげだま」を観る事が出来る。
いい世の中になったものだ。
この作品には特別な思い入れがある。
漫画家になって、多分最初に手がけた版権ものの読みきりが、これだったと思う。
93年の2月にバンダイからB-CLUB」の増刊として出た、設定資料集「のようなもの」に載った。
15年も前の話だ。
実は当初は知り合いの別の作家さんが予定されていた。だが彼の予定がつかず編集さんが作家を探していたので、
「じゃあオレに描かせて!」と頼み込んで描かせてもらった。
たった12枚の短編だが、頼み込んで描かせてもらったわりにはやりたい放題描かせてもらえて、非常に楽しかった事を覚えている。
これ以降何故だか版権ものの仕事ばかり増えたが、自分が描き易いように内容を捻じ曲げて描いてしまう癖は、実はこの時に始まっていたのかもしれない。

作業は小川の流れのように進行中。

寿美少尉二度目の立体化 その2

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01月06日
というわけで、ディーラーさんから完成見本が届いた。
今回はなんと表情にバリエーションがある。
それでいてどちらもちゃんと寿美少尉に見えるからたいしたもんだ。
一度目の時も思ったけれど、こういうことが出来る人のセンスと技術は素晴らしい。
まあ、あんまり儲かりはしないものだろうけれど、趣味としては凄く楽しそうだ。
次のチャンスは2月のワンフェスです。皆さんサイフを握りしめて会場に走りましょう。

「13F」を観る

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以前に居村眞二先生から「面白いよ」と薦められた事を思い出して、観てみた。
で、実際面白かったのだが。

平たく言うと「マトリックス」みたいな内容なのだが、一点、「マトリックス」に無いテーマを扱っている部分があって、それが面白さのポイントなのだが、ある個人的な事情があって非常に触れにくい。
知りたい人はレンタルで観るか検索するかしてみてくれ。
判りにくい日記になってしまってすまん。このことは、あとで書ける状況になったらまた書く。

画像は、姉の家の近くにある謎の祠。「果て空」に出てきそうだが、たぶん無関係。

帰ってきた

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01月04日
というわけで3日ぶりの日記。
昨日は午後わりと早めに郷里の高崎を出て関越高速で東京に向かった。
途中、寄居を過ぎたあたりから急激に渋滞しだして、Uターンラッシュの時間帯、ここから渋滞では先が思いやられる、とか思っていたら、実はそれは事故渋滞で、クラッシュ地点を過ぎたらすっと流れ始めた。
所沢の料金所など普段より空いているくらいで、全く並ばずに通過できた。
なんでだ。高坂のエリアでも楽に駐車できたし。
私の車だけ違う時空を走っていたのだろうか。
ちょっとしたセンス・オブ・ワンダーだった。
作業は今日から再開の予定。
今年もよろしくお願いします。

画像は実家の犬。名前はコロ。
姉が飼っている。

「トゥモロー・ワールド」を観る

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01月01日
昨夜は大晦日と言う事もあり、仕事を早めに終わらせて映画を観る事にした。
で、「トゥモロー・ワールド」だが。

どうしてイギリス人はこんなにデストピア物を作るのが好き、かつ上手いのか。
「時計じかけのオレンジ」「未来惑星ザルドス」「未来世紀ブラジル」…。
日本人が怪獣映画の成立に適した歴史的、地理的特性を持っているように、イギリス人はデストピア物の成立に適した資質を持っているのだろうか。
ファンタジーと紙一重のハリウッドのデストピアとは本質的に異なるリアルな情景。
長い歴史がもたらす歴史観が違いを生んでいるのだろうか。
ともあれ、「トゥモロー・ワールド」は、今後長回しショットを撮りたがる世界中の映画監督の前に、越えるべき高い壁となって立ちはだかる一本だろう。
長回しとは、こう使うものだ。

画像は、先日のWHFでの収穫の一体。
なんかやらしいのが欲しかった。
安かったので買った。
サイフに優しい値段だったので、あまり後悔していない。

今日はこれから帰省するので、この日記は3日まで更新を停止する。

では皆さん、空けましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いします。

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